小林宏志さん/倉敷市から牛窓へ/てれやカフェ店主・牛窓テレモーク代表
海辺のまちで暮らしてみたい。でも、買い物は不便にならないだろうか。知り合いのいない場所で、ご近所とうまく付き合えるだろうか。
倉敷市から牛窓へ移り住み、店を営んできた小林宏志さんは、今では文化・交流の拠点「牛窓テレモーク」の運営にも携わっています。長く住むうちにできた人との関係、普段の買い物、好きなことを続ける毎日。観光で訪れるだけでは見えない、牛窓の暮らしを聞きました。
もともと倉敷出身で、高校も美観地区の近くでした。学校帰りに、レコード屋や喫茶店があって。夜に明かりがともった町並みもきれいで、あの頃に見ていたものは、今、店をやるうえでも頭に残っています。
牛窓に来たのは、知り合いを通じて、古い家を使う話があったからです。最初は、その家で店を始めました。今の店に移ったのは、その後のことです。
最初から、ずっと牛窓で暮らそうと決めていたわけではありません。倉敷に帰ろうかと思ったこともありました。でも、ここで暮らして、人と付き合っていくうちに、だんだんと気持ちが変わってきたんです。
来たばかりの頃は、ここでどうやって商売を続けていこうかと考えて、長くお店をやっている人に話を聞きに行きました。
飲食店やジェラートのお店に行って、ひたすら話を聞いていましたね。自分は新しく来た側ですから、まずは前からここにいる人に教えてもらおうと。
場所が変われば、商売のやり方も違います。いろいろ教えてもらいましたし、こちらが大変なときには助けてもらいました。最初に話を聞きに行っていたことは、よかったなと思っています。
最初の店では、12年間営業しました。ただ、古い家だったので、だんだん屋根の瓦などが傷んできて。大家さんから、修繕するために出てほしいという話があったんです。
そのときは、本当に倉敷へ帰ろうと思っていました。
そうしたら、近所の人が「出ていくん」「引っ越すん」と声をかけに来てくれました。近くで飲食店をやっている大将も来てくれて。
同じ飲食店ですから、お互いに食事を出しているわけですよね。でも、うちがなくなるからよかった、という感じでは全然なかった。「行かんで」と言ってくれたんです。
牛窓からだけではなくて、この地区からも出ていかないで、と。普通に隣近所の人として言ってくれた。そのときは、ちょっとじわっときましたね。
海を望む場所で、馬と過ごすひととき。
牛窓で暮らしていて、良いなと思うのは、人と接するときに肩書きがあまり関係なくなることです。
「どこどこの何々さん」というより、その人とそのまま話している感じですね。僕自身も、あまり構えずに人と接していられる。
景色がきれいなのはもちろんですが、ここがいいなと思う理由を考えると、最後はやっぱり人ですね。牛窓の人は、面白いんですよ。
普段の生活は、ほとんど牛窓です。今はドラッグストアもあるので、牛窓の中でも買い物ができます。近くで買える場所があるのは、ありがたいですね。
大きな買い出しでは、邑久へ行くこともあります。あとは、映画を見たり、回転寿司を食べに行ったりするときに、市外へ出るくらいです。
瀬戸内市でライブやイベントが完結するわけではないですが、買い物や普段の生活で困ることはないです。
牛窓の海を望む道で。
長く住んでいるうちに、牛窓にも郷土愛のようなものが湧いてきました。今は、ここがいいなと思っています。
最近は、市内のほかの地域の人とも知り合うようになりました。知り合いができると、その人が住んでいる場所の話にも関心が出てきますね。
いろいろな場所の話を聞くのは面白いです。でも、自分が住む場所としては、やっぱり牛窓がいい。このまま牛窓で暮らしていこうと思っています。
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LINEで牛窓の住まい・暮らしを相談する※取材内容をもとに再構成しています。インタビュー部分は、ご本人の感想・体験に基づく内容です。プロフィール・施設紹介には、施設公式サイト等の公開情報を参照しています。